幼少期、強烈に記憶に残った「地下鉄サリン事件」は、今日で発生から30年を迎えました。
この事件をきっかけに「オウム真理教」が連日ニュースを賑わせ、5月の教祖逮捕の瞬間は、幼かった頃の記憶に鮮明に残っています。
大学でフィールドワークの一環として調査した際、事件に「高学歴のエリート」が関与していたことを知り、社会的不安や孤独感が若者を団体に引き込んだ背景を感じました。
その中で、社会で生きる力には知識だけでなく、もっと重要な感覚が必要だと気づきました。
今の若者の「社会的無気力感」は、心の支えとなる「何かを信じる力」が欠けていることが一因ではないかと思うことがあります。
同時に、物事を問い直し、疑問を持つことも大切で、深い理解と自分の信念を確かにする手助けになります。
そのためには、「宗教」に対する理解を深める必要があると感じます。
カルト団体が宗教を隠れ蓑にすることがあっても、宗教自体の本質はカルトではありません。
世間の「宗教=カルト」の風潮が誤解を生むと考えています。
地下鉄サリン事件やオウム真理教の事件を単なる「国家的テロ」として捉えるのではなく、なぜこのような事件が起きたのか、そしてそれを防ぐために私たちは何をしていくべきなのかを改めて問う日になればと願っています。
余談ですが、Wonder Educationの活動を「越智教」と揶揄する年配の方がいますが、僕自身は日々悩み、考え、自分の信念と向き合いながら活動しているつもりです。
また、メンバーとの向き合い方についても、自ら考え、判断し、行動することで学ぶ姿勢を大切にしています。
日々至らないところを自覚し、精進し、誤解のないよう取り組みを発信していくことも大切です。
と同時に、そういった発言は日々一生懸命をしている人や宗教そのものに対する間違った発言だと思いますので、自戒を込めてまとめにさせていただきます。
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